松田製茶 cm 第2弾
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松田製茶 cm 第2弾

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松田製茶 cm 第2弾

松田製茶は茨城県の南西部に位置する八千代町で、特徴のあるおいしいさしま茶を作るために、ブラックアーチ農法という独自の農法によりお茶を栽培し、販売しております。 当店では、お客様ひとりひとりが飲んで「おいしい」と言って頂けるようなお茶作りを、その時代や未来を見据えながら取り組んでおります。 【独自の農法(ブラックアーチ農法)で栽培しています。】 ブラックアーチ農法とは、お茶の新芽が出てきてからの二週間程度、黒色の遮光ネットをアーチ型のパイプの上から被せることにより、お茶の葉が擦れて傷がつくのを防ぐとともに、お茶の持っている濃厚な旨み・甘みをより引き出し、渋みを抑えます。お茶の葉(生葉)がとても濃い緑になるのが特徴です。急須から淹れたお茶の色も濃い緑になります。お客様に喜んで頂けるお茶はどのようなものか、追及してできたのが、ブラックアーチでございます。 【徹底した土作りをしております。】 「おいしいお茶ができるのは畑から」を信念に、徹底した土作りにこだわっており、全團場を成分分析しています。 そして、当店ではお茶の苗作りから、栽培→製造→販売まで全て一貫して行うことで、「お客様が求めている商品作り」をしております。 【日本で初めて輸出したお茶猿島茶】 故郷は茨城県西部、かつての下総国。坂東太郎・利根川流域の猿島台地が生んだ、古河、坂東、常総、八千代、境の3市2町の誇り「猿島茶」。肥沃な土地に育まれた濃厚な香り、コク味は特筆すべきもの。水運要衝の地に生まれた銘茶として、その多くが江戸に運ばれ、「猿島茶」は下総国の名産として、多くの人々に親しまれました。 1853(嘉永6)年、ペリーが浦賀に来航、幕府に開港と交易の開始を強く迫ります。 地元の豪農・中山元成は、「猿島茶」の国内各地への販売を関宿藩より託されていましたが、ペリー来航を機に、海外市場に注目。 翌年再来日の折、幕府との折衝に接する機会に恵まれ、開国の重要性を痛感したのでした。 海外交易の必要性に目覚めた中山元成は、その後アメリカ総領事ハリスにも接触、「猿島茶」の宣伝に奔走します。 1859(安政6)年、日米修好通商条約発効と同時に、全国の茶名産地に先駆けて「猿島茶」のアメリカ輸出に成功。 海を渡った初の日本茶として名声を博し、明治期に至る日本国内茶産業隆盛の礎を築きました。 【ビジョン】 お茶を飲むことが簡素化されている現在、お茶を飲みながらコミュニケーションを取る機会が失われつつあります。 また、現在の若い世代の人達は、急須でお茶を入れて飲む機会が少なくなっており、松田製茶ではその様な機会を創出すると同時に緑茶の良さを伝えて参ります。「お茶を通じて、コミュニケーションを取り、幸せになるように」をモットーに茶葉の持つ無限大の可能性を引き出すため日々、製品作りに取り組んでおります。
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