私は日々古いデジタルカメラで写真を撮る。そんな中、意図せず生まれる失敗した写真。機械の気まぐれによってピントが合わずにぼやけて、色が優しく混ざり合っていたり、シャッタースピードが長すぎて光が尾を引いていたり。そんな「失敗作の美」に私は魅力を感じた。また、この「失敗作」とは私自身にとってのものではない。これは、マスメディアなどの競争社会にとっての「失敗作」である。
このような作品を社会に出すということ。これは、古いデジタルカメラのある種の自生性や、社会がイメージする「きれいな写真」への疑問を提示することに繋がるのではないかと私は考えている。
そしてもう一つ、私が「失敗作の美」の作品として提示したいことがある。それは、モチーフの「失敗」である。例えば、汚れた海の表面や、さびれてところどころ凹んだカーブミラー、自分の姿が反射してしまう窓越しの景色、そして埃だらけの窓の一角などである。このような一般的には美しくない、良くないとされるモチーフに美しさを見出して撮られた写真も私は「失敗作」としたい。
このようにして私は「失敗作」の写真をシャッタースピードが合わなかった「動き」とピントが合わなかった「ぼやけ」、そしてモチーフが社会に見放されている「モチーフ」の3つに分けて作品とした。
【使用機材等】
撮影: canon IXY DIGITAL 810 IS
調整:MacBook Air
編集ソフト: Adobe Lightroom
【撮影期間】
2023/11/1〜現在