1.旅立ちは爆発だ
オレは何か知らん間にこの世界へ召喚された。召喚された場所はいかにもって感じの床へ魔法陣が書いてある地下室だった。その後、水浴びと着替えと食事を済ませられた後に、一週間ほど異世界被渡航者管理局と云う施設にて適正試験を受ける事になった。ここはゲームの世界なのか、それとも、ドッキリ系なのか。そんな疑問を持っていたのだが、適性試験を受けた際に、係員の人から魔法の使い方を教えてもらって、それで適当に使ってみたら、炎も、氷も、風も、雷も、パーティークラッカーも、こけし人形も、手の中から出す事が出来たので、本当の異世界らしいと思うしか無かった。
ちなみに、オレが魔法でこけし人形を召喚した時には、白いローブ姿の係員である若い女の人がめっちゃ驚いて、
「すごい、貴方の勇者能力はチート級ですよ!!!」
と、ほめちぎってくれたのだが、普通、チートって、世界最強とか、そういう能力を指すのでは? こけし人形を出してチート認定を受けると経歴詐称で訴えられるのでは? だが、その係員さんの話によると、
「だって、要するに、貴方はレベル1な訳でしょう。初期パラメーターですでに召喚魔法まで使えるなんて、もしレベルが上がったらどうなるのか考えるだけでもドキドキしますよ!!!」
と、云う事らしい。何だろう、この、幼児がクレヨンで落書きしたら親から天才だとほめられた程度のノリの軽さは……、と、オレはこけしの頭をなでつつ思ったものだ。
まあ、要するに、オレは特に訓練を受けなくても軽率に攻撃魔法や召喚魔法が使えるらしい。そして、異様にいろんなものを呼び出せる。ただし、元いた世界に存在しないものは呼び出せない。だから、ドラゴンとか天使とかは無理だ。あと、金銀財宝はダメらしい。金塊を呼ぼうとしたら即座にミイラ化してぶっ倒れた。係員のお姉さんが云う事には、
「あなたのチート魔法はかなり特殊です。派手さはありませんが、確実にこの世界の法則を変えてしまえるような、けた外れの自由さを感じます。その能力、どうか上手に育ててください」
そう云われてもなあ。ともあれ、適性試験の後に約一ヶ月の慌《あわただ》しい事前訓練が終わった後、オレは正式な勇者として認定され、ライセンスを発行された。その後、西洋風のお城の事務室みたいな部屋にて、黒いローブを着た係員のお兄さんに勇者の使命とかなんとかを吹き込まれ、旅の装備とクソ少ない金貨とかを渡された上で、王様と謁見している。まー、オッサンゲーマーが想像する典型的な勇者の旅立ちって奴だ。途中経過は生々しいが現実の話だから仕方が無い。
さて、ここは王宮だ。謁見の間だ。風景としては、ナポレオンとか、そういう皇帝とかが使ってそうなロココな感じだ。ロココとかよく知らんけど、黄金のふわっとした飾りとか、赤いじゅうたんとか、そういうのがなんとなくロココって感じだ。その部屋の奥にある玉座へ座っているのが、だいぶ丸い体形をしていて、贅沢《ぜいたく》な赤いローブを着て黄金の王冠をかぶった金髪のオッサンだ。まあ、王さまだわな。そいつが、
「勇者よ、魔王を倒してまいれ!!!」
って、云うから、オレは、この時が来る事を予想して、あらかじめ練りに練っておいた返答を全力で叫んだ。
「じゃあとりあえず部下として兵隊を八千人ください!!!」
すると、王さまは沈黙。その後、オレは、さらに、
「あと、兵隊八千人を養《やしな》えるだけの補給物資を継続的に提供してください!!!」
と、叫んだ。ついでに、
「なお、兵隊八千人の中には幕僚《ばくりょう》と士官および下士官の教育過程を修了した者を含む事とする。また、輜重隊《しちょうたい》(軍需品を運ぶ部隊)の人員は別枠とする。以上!!!!」
すると、王さまは乾いた笑いを上げた後、
「それがないから勇者に頼ってんの分かって!!!!!」
と、超なみだを流しつつ叫んできた。限界女子みたいな反応止めて。まあ、どうせそんなこったろうと思ってましたよ。てか、どのみち、一個師団程度で魔王軍が倒せるとは思えん。オレは大きくため息を付くと、魔法でタバコっぽい物を召喚して魔法で着火して吸い始める。すると、王さまが、
「ここ禁煙だから!!!! 分かって!!!!」
と、キレてきた。そういうところだけはマトモなのか。だが、オレは、タバコっぽい物を見せると、
「これ、何の葉で出来ているか分かります? カボチャの葉っぱです。つまり、これは体に悪いタバコじゃないです」
と云ったんで、王さま、ポカーンとして、
「なんでカボチャ??? マジイミフなんですけど」
って云ってきた。だから、オレは、カボチャの煙をふかしつつ、
「じゃあ、お兄さん……、カボチャの謎を解くために、オレがここへ勇者として召喚されてくる前に住んどった国の話、しよか?」
と、シブく云ってやった。すると、王さま、
「いや、そういうオジサンの話は長くなってウザいんで止めて」
と、云われました。オレは、
「おんしゃ、ギャルかよ!!!! 話さんと話し進まんがじゃ!!! とりあえず聞け!!!! カボチャの話を!!!!」
と、キレましたよね。すると、王さまは白けた顔になって、
「あーーーキレる大人サイテーーーー」
とか云って、ふてくされてサイドテーブルのマンゴーパフェを食べはじめた。
なんだよコイツ。オレもそれ食いてえよ。
まあ、それはともかく、オレはカボチャの煙をふかしつつ語り部になる。
「昔、オレん国は戦争しちょった。じゃけん、兵隊さんに食わすもんがないから、カボチャばっかり作ってのう。そんで、みんな、カボチャ食うのうんざりしとったし、他には食うものは無いし、居るのは砂漠みたいな所じゃけえ、娯楽もない。んで、困った兵隊さんが作ったんが、このカボチャのタバコよ。クッソまずい。こんなもんで気晴らしせんといかんくらいに食料も物資も無かった。この時点で戦争に勝てる気せんわな。戦う前から負けとる」
そう云って、オレはカボチャのタバコをポイ捨てしてふみにじる。
「王さま、あんた、背中がしょぼくれちょるのう。魔王を倒すのにたった八千人の兵隊を用意できんってどういうこった。戦争やるのに一番大切なのは何じゃ? 食いもんじゃ!!!!! このパフェ野郎!!!! たった八千人の飯も食わせられんで、なにが王さまじゃ!!! なにが討伐じゃ!!! あほんだら!!!!」
オレは光魔法を使って玉座を爆発させた。王様はケツを焼かれてひっくり返る。その後、オレは壊れた玉座へ近寄り、その残骸《ざんがい》を蹴り飛ばし、王様へ凄む。
「魔王の軍勢は少なくとも十個軍団、つまり、二十万の魔物を率いておるっちゅうことやないか。しかも、魔王の領内には農耕も工業も商業活動もインフラも全部整ってるって話だ。それに引き換え、この国はなんじゃ。異世界からの傭兵《ようへい》を勇者なんぞと呼びおって、一人一人をちぎって捨てるみたいにおだてて戦地へ送り込んでおるとは、末期戦もええ所やないか。お前らさっさと魔王軍へ降伏せい。そうした方がのうのうと生き延びて平和をむさぼれるかもしれんぞ。平和はありがたいもんじゃのう。勇者なんか居らんほうが平和を買うには都合が良い」
俺は呆然としている感じの家臣サマたちへ背を向ける。
「じゃあな。せっかく異世界へ勇者として遊びに来たんじゃ。この王国が魔王軍に攻め込まれるまでは観光気分でのんびり生活させてもらいましょ」
こうして、勇者オレは堂々と旅立ちの城から出発したのだった。ゲームで例えるなら、たぶんレベル1くらいだが、使える呪文の欄《らん》がバグっていて???とか×△〇みたいな文字が並んでいるだろう。つまり、正体不明だ。まあ、異世界生活を楽しみつつ、どんなチート魔法が使えるのかぼちぼち探っていきましょうかね。
2.旅の仲間を脱がせる
なんだよもう。両手をポケットへ突っ込んでブラブラ城の外へ出ようとしたらさ、
「お待ちください、勇者さま!」
なんて云って、後から追い掛けてきた奴らがいる。まあ、女の子の声だし、サマ付けだし、良い予感しかしないから、ちょっとニヤけつつ振り向いたけどさ。後からやってきたのは、若い女と男じゃった。男がいるだと。空気読め。あと、あの子たちと比べるとオレだけ年代が二回りくらい高い。ちなみにオレは独身だ。くやしい。
その若い女はいかにもって感じの白い僧侶《そうりょ》服姿で、男の方はいかにもって感じの護衛の騎士姿だ。騎士の兄ちゃんの方はそれで本当に体守れんのかいと云いたくなるような鉄っぽい簡単な鎧と青と茶色の麻っぽい服を着ている。顔立ちは西洋人だが髪とかは黒いなあ。西洋人イコール金髪って発想をするのは日本人の悪いクセだな。どうでも良いんだけどさ、アニメに出てくる金髪外国人キャラって顔付きみんな日本人じゃね? もっと濃い顔にしないと現地の方々にジャパニーズ・キンパツHAHAHAとか思われるのでは?
ともかく、わりと日本人好みっぽい垂れ目の僧侶女のほうが駆け寄ってきて、
「わたしたちも魔王を倒す旅へ連れていってください!!!」
って、云うんだよ。まあ、可愛《かわい》いっちゃあ、可愛いんだけど、この歳になると、ああ、オレも結婚していれば、このくらいの歳の娘が居てもおかしくないんだよな、みたいな感慨《かんがい》にふける割合が多くなって、素直に、なあ、嬢ちゃん、スケベしようや、みたいな気分があまり出せなくなる。ともあれ、
「いや、オレ、魔王討伐の依頼ことわったんだけど、連絡いってないの?」
と、そっけなく答えると、相手の方も動きを止めて困惑した顔付きになって、
「えっ。私たちは昨日辞令を受けて呼び出されたっきりで……その後は……」
と、急にファンタジーっぽくない事を言い出す。俺はすかさず、
「ホウレンソウができとらんやないかーい」
と、ツッコむ。ホウレンソウって死語じゃないよな? 異世界に死語もクソもないだろうが、オッサンになると若い頃にはやったけど消えていった云葉を知っているので自分の云葉づかいの加齢臭が気になってくるのだ。
「てか、オレがパフェを吹っ飛ばしたのに、なんで誰も逮捕にこないのか」
「ふっとば???」
「なんで勇者を召喚した王さまってそろいもそろって無防備に面会すんだろね。演説しようとしていきなり魔法ぶちかまされて死亡した王さまの事件を知らんのか。まあ、レベル1の勇者なんて怖くないんだろうけど、じゃあ、なんでそんな奴に魔王討伐なんてやらせんだよ。使い捨てだろ!!!! 戦争って奴はだいたいそうさ。兵隊さんはみんな勇者だが、みんな使い捨てだ!!!! オレは新型勇者だったから良かったけどな。最近の勇者はチート標準装備で助かるわ。昔の勇者は棒と服と小銭もたされて仲間も勝手に自分で探せって云われて放り出されたらしいからな。人間扱いしてないよな。だいたい、魔王討伐を依頼すんなら見積もり出させろ!!!! てか、勇者派遣制度は議会の承認を受けているのか!!!! 独裁者気取りか!!!! てか、王さまぶっとばされてんのに誰もこないんだから王権ぜったい弱いだろこの国!!! 警備隊ちゃんとして?」
そこまで話したところで二人を見るとポカーンとしている。オレはため息をついて、魔法で呼び出した透明なガラス瓶《びん》のサイダーを飲み始める。ビー玉をポンしてゴクゴク。そして、あぜんとしている僧侶娘へ向かって、
「あんた、王様と契約して、勇者の旅についてくるって事は、報酬《ほうしゅう》、もらってる訳だろ。いくらやねん」
と、質問すると、僧侶の女性はさらにきょとんとして、
「もらってませんけど……」
と、答えた。オレはサイダーを噴いた。
「無給ではたらくとか貴族か!!!!」
「貴族です!!!!」
「そやろな!!!! 昔の政治家もそうだったさ……。俺の国では名誉職でな」
「はあ……」
「政治家はお給料でないし金もばらまくしであっと云う間に財産が無くなったそうでのう。昔の話じゃが……」
「尊いお仕事ですからね」
「奴隷やないか。お前もどうせこれは聖なる勇者をお守りして世界を救う正義の戦いであり名誉なことであり神への信仰を示す素晴らしい選ばれしものみたいな事を云われてその気になったんだろ」
「うっ。まあ、だいたい、そんな感じです」
「あほーーーー!!!!」
オレはつい勢いで闇《やみ》魔法を発動させてしまった。すると、オレの左手から魔法の颶風《ぐふう》が巻き起こって彼らを吹き飛ばし、ついでに服も吹き飛ばした。あっ。やっちゃった。パンツ姿になった男と女。脱がしすぎて逆にエロさが足りんな。それはともかく、オレは自分のやらかしをごまかすために説教を続ける事にした。
「お前らなあ! 悪いやつはだいたいそういう正論を使って善良というか能天気な奴らをだましてこきつかうんだ!!! 正しいこととチョロいことはぜんぜん違うんやで。あーーーー、オレの国にはそういうか弱い善良ごっこをするボンヤリさんが多すぎてのう、そのせいで悪人がのさばってやりたい放題になってしまったんじゃ。そのせいでイイ人を散々こき使ってしぼれるだけしぼって壊れたらポイじゃ。それで悪人がますます肥《こ》え太る。悪人を育てるのは善人じゃのう」
俺はサイダーを全部呑んでビー玉をカラカラさせる。
「サイダーを入れるガラス瓶はキレイじゃのう。ビー玉なんかカラカラ鳴いてのう。でも、中に入ってるもん全部吸い上げられたらゴミじゃ。キレイなだけじゃあ、いつまでも大切にはしてもらえんものよ」
そう云って、オレはサイダー瓶を捨てた。
3.実家こそ力
オレは僧侶たちを無視して去ろうと思ったが、すぐにとてもとても大切すぎることに気付いて、逆に、パンツのねーちゃんへ駆け寄った。パンツのねーちゃんのパンツは赤い花柄のフリフリ付きなのだが勝負下着すぎんか。居たたまれない。まあ、そんな事はどうでも良い。
「そうだ。アナタ、貴族だって、おっしゃいましたわよね?」
「えっ、そうですけど」
「じゃあ金持ちだな。旅の仲間、採用」
「理由それ!?」
ついでに横の白いブリーフ坊やにも話を振る。
「君、実家はお金持ちで?」
と、丁寧に訊いたら、
「あ、いえ、ボクはただのバイトで……」
と、クソずれた返事をされたので、オレはちょっとキレた感じで凄んだ。
「実家の話だ。財産どのくらい引っ張ってこれる?」
「借金取りですか!? 勇者様が云う台詞《せりふ》じゃ無いよ!!!」
「はーーーー???? お前ら魔王倒すんじゃろがああああいいいい!!!! だったら、それまでの資金繰りについてのご計画は???? 気合と根性で乗り切るみたいな精神論ぶちかましたら、この場でオレがぶっ殺してやるから、気合と根性で蘇《よみがえ》ってみせろや」
「ぐぐぐ。すいません。実家もボクも貧しいです。今回の資金も勇者様からのお給料を当てにしてました!!!!」
「素直でよろしい。だが、オレも金が無い。王さまは500Gでオレを雇《やと》った」
「ボクの安アパートの一ヶ月分の家賃《やちん》くらいですかね……」
「つまり、あのアンポンタンな王さまは現地調達しろって云ってる訳だろ。現地の住民から略奪しろって事だと解釈されても文句云えねえぞ。そう云えば勇者と呼ばれる人種はだいたい他人の家へ不法侵入して勝手に宝箱やツボの中を漁《あさ》っていくな。納得。ある意味、中世のクソな軍隊らしいな」
「まさか、ボクにも、それをやれと……? そんなまるっきり犯罪者な事を……?」
「実家から金を引っ張ってこれなかったらな……」
「そこは貴方の勇者の力でどうにかしてくださいよ!!! 魔法使えるんでしょ! それでお金とかをばーーーっと……」
「そんなんあったら、なおさら王さまから安い賃金で雇われたりせんわな」
「でも、さっき、魔法で飲み物を出してましたし、だったら、ご飯もお金も魔法で出せるんじゃ……」
「質量保存の法則――――――!! 魔法は使った分だけエネルギーを消費して腹を減らす! 以上!! 金貨なんて作ろうとした日にゃ元気を吸われすぎて即座にミイラだ。この世にゃ奇跡は無いんだよ。あるのは冷徹な物理法則だけだ」
そんな事を云ってカッコつけていたら、僧侶の貴族っ娘《こ》に、
「そんなことより! 何か着る物を用意してくださいませんか変態!!!」
と、罵《ののし》られた。ありがとうございます。
「早く持ってこないと衣服代の請求書《せいきゅうしょ》を出しますよ!!!」
それは超困る。貴族のお高い服の請求書を出されると破産するので、オレは急いで門番の兵士に頼んで適当な服を用意してもらった。
「男物だけど、今はこれで……」
と、差し出すと、彼女はそれを奪って、後ろを向いてさっさと服を着る。オレは最悪に怒った感じで服を着る僧侶娘の半裸をガン見していたのだが、そこで男の方も手をあげて、
「あの、ボクのは……」
と、訊《き》いてきたので、しょうがなく、また、門番の兵士様に頭をへこへこ下げて安そうな服をもらってきた。領収は王さまへ付けておいた。ざまあ。
オレは男へ服を放り投げてやると、彼女たちへ向かって、
「あー、まー、なんか勢いで脱がせて悪かったな。何はともあれ、オレたちは同僚な訳だから、固めの杯《さかずき》っちゅうか、義兄弟の誓《ちか》いっちゅうか、まあ、とにかく、何か食いに行くか」
と、無難な手を打った。仲良くなりたい時には、まず食わせる。社会人として当然の知恵だな。どうせ仲良くなれば、金持ちのねーちゃんだし、おごった分くらい、すぐに回収して黒字にできるだろう。
4.量産型勇者のススメ
と云う訳で、オレたちは城下町の中にある酒場へ入った。そこは木造の薄暗くてクモやゴキブリが普通にいそうな、ごろつきたくさんの臭そうな場所だが、まあ、よかろう。
「もっとおしゃれな所を選べなかったのですか」
と、貴族っ娘。すっかり信頼度が0になっている。他の勇者にくどかれたら即座に引き抜かれそうな雰囲気だ。恋愛ゲームだったらすでにゲームオーバーになっているだろう。まあ、そもそも、オレみたいなオッサンが恋愛ゲームの主人公には成らんわな。ワシはオッサンだからエロゲーの主人公の方に成る方が良いな。何云わせんねん。ともあれ、オレは、
「おしゃれな所はお金が掛かるからな。それにな、エリールちゃん、これから過酷《かこく》な魔王討伐の旅をするつもりなら、あえて厳しい環境へ身を置いて自分を鍛《きた》える方が貴方《あなた》のためになるのでは?」
と、真面目《まじめ》そうに云ってみたら、やっこさん、急に機嫌《きげん》を直してニッコニコして、
「そうですね!!!! 神の試練ならば、わたし、このゴキブリ部屋みたいな場所でもがんばって食事をしてみせます!!!」
と、宣云してきた。声小さくして? 酒場のご主人に暗殺されるで? てか、この娘チョロすぎひん? チョロ子のアダ名をさずけよう。
ともあれ、そこで、男の方が、
「それで、これからどうするんですか」
と、訊いてきた。オレは難しい顔をして腕を組み、
「活動資金の調達かねえ。全財産が500Gじゃあ一ヶ月後には死体だぜ」
オレの脳裏に昔プレイしていたRPGの画面が浮かぶ。あのゲーム、やたらと死体が転がっていたよなあ。あいつらも、オレと同じ、量産型勇者の成れの果てだったんだろうか……。この歳になると、勇者よりも、勇者になれなかった大多数の犠牲者や、勇者によって乱獲されただろう可哀想《かわいそう》なモンスターの方に同情するなァ。
ともあれ、オレは独り云のように話し始める。
「勇者よりも商人や聖職者の方がこういった世界では勝ち組だよなあ。勝ち組って云葉はキライだけどさあ、商人は武器や防具や薬草なんかの需要《じゅよう》が絶えないだろうし、聖職者は死人復活の呪文を使えるって超イニシアティブだろうし、専門技能の独占状態だろうから超ブルー・オーシャンだよなあ。勇者を復活させる権利の専売契約を行政《ぎょうせい》と結んでいたら最強だろうな。勇者の復活代がゼロなのは保険のおかげ? 勇者保険? なあ、チョロ、じゃなかった、エリールちゃん、この世界には死んだ人を復活させる呪文ってあるの?」
そう質問すると、チョロ子は食事の注文表を野獣の眼光でにらみつつ、
「そんなもんない」
と、異常につっけんどんな声で返事してきた。 魂《たましい》が食いもんに持っていかれてるな……。
ともあれ、オレはため息をついて、
「じゃあ、僧侶はもうかんねえか」
そうぼやくと、訳が分からんと云いたげな顔をしていた従者の男が、
「じゃあ、バイトでもしますか」
と、夢も希望もファンタジーも無い事をぬかしおった。君、本当にファンタジー世界の勇者の仲間なんか。間違って異世界から召喚されたフリーターっぽいんだが? てか、魔法使えないんだったら、実際、向こうの世界のMP0人間と変わらんがな。
オレは魔法でカップ入りのコーヒーを呼び出して口にして、ほぅ、と、息を吐く。
「オッサンがバイトしても将来性が無いなあ。せめて正社員になって福利厚生をしっかりせんとな」
「正社員になったら仕事に追われて世界を救う暇《ひま》が無くなりますよ!?」
と、青年の鋭いツッコミ。オレは汚い天井を眺《なが》めつつ、説教モードに入る。
「なに夢みてんのや。世界を救うような勇者になれるのは、実家が裕福で子供の頃から最高の教育を受けて大学もええ所を出て、そのまま一流の企業や官公庁へお勤《つと》めできる神に選ばれし勝ち組勇者たちだけや。俺らはせいぜい、減点主義の保守的だけど、そこそこ安定した企業へ就職して一生適当に働いても面倒みてもらえるようにするんが勝ち筋やろ」
「それ本当に勇者の話ですか?」
「企業戦士はみんな勇者や。ピンからキリまで居るけどな。勝ち組勇者と量産型勇者の違いはな、世界の危機を救うか、会社の危機を救うかの違いが有るだけや」
「それけっこう違いがデカいですよね?」
「そうかね? むしろ、世界の危機を救う方が割に合わんのとちゃうん? だって、勇者として魔王を倒しても後には何も残らんやん? 狡兎《こうと》死して走狗煮《そうくに》らるや。得すんのは少ない賃金でアルバイト勇者をこき使って使い潰した王様やろ。そして、魔王を倒したら勇者は用済みだからスタッブ!!! つまり、事故に見せかけてこっそり殺すのが一番安心できる。
魔王を倒して名を挙《あ》げて、半端に力を付けた勇者に王国内へ居座られるんが一番迷惑な訳や。王様って人種は仲間を皆殺しにしたり、特に優秀な奴を誘い出して殺してしまったりする事で自分の地位を守るもんや。だから、魔王を倒した後の勝ち組勇者は力を削《そ》がれて良い目は見られんだろう。王様の地位を最も奪いやすいのが勝ち組勇者になる訳だからな。
だったら、せいぜい、量産型の勇者くらいになって、適当に上司の役に立ってやりつつ、コネを作って自分の身を守りつつ、給料を少しずつ上げていくのが、勇者として正しい選択だろう。もしくは、それこそ魔王から世界の半分をもらって同盟を結び、自分らを低賃金《ちんぎん》で使い捨てにしてきた邪悪な王様を滅ぼして「ざまあ!」した方が良い。
魔王だって実際には悪い奴かどうか分からんだろ。オレらが勝手に魔王って呼んでいるだけでな。しっかり外交交渉をしてお互いの領土を侵さないように条約を締結《ていけつ》すれば共存だって出来るかもしれない。それなのに、勝手に相手を鬼畜呼ばわりして滅ぼそうとするなんて野蛮すぎる。勇者も多様化の時代さ。俺たちもどんな働き方で勇者をやるのか自分の脳みそを使って考えていかないとな」
5. 勇者はエンゲル係数を恐れる
そこで従者の青年がすごく真面目な顔で、
「つまり、自分たちでたくさんお金を稼いで、自分の生活を守り、その上でほどよく自分が所属している共同体の危機をちょこちょこ救う、のが、勇者様のご方針で?」
と、訊いてきた。なので、オレは目を細めて、
「まー、理屈だけで考えればそれが正解だけどー、せっかくチート勇者として召喚された訳だからさー、元いた世界と同じ事をやってもな。はっきり云って、すげーーつまらん生き方だし」
「ごもっともな事で」
「つっても、オレのチート能力はわりと現実的な仕様だからなあ。ばっちり等価交換だからあんまり都合の良い事はできんし」
と、ぼやいたら、三枚目のステーキをむさぼり食っていたチョロ子が急に、
「女の子の服を脱がすことくらいしかできませんよね?」
と、ツッコんできた。イヤミか! オレはなんとなく、
「服だけ脱がすのってけっこうすごい技術だろ」
と、答えた。すると、従者のマイラーくんが、
「精密な事に向いている能力なんですかね」
と、律儀《りちぎ》に話に乗ってきた。なので、オレもマジメに答える。
「俺も自分のチート能力の事は良く分からんのだよな。魔法が使えるのは分かったし、何かを生み出したり、壊したり、爆発させたりする事が出来るのも分かったけど、チートの部分については具体的に何が出来るのかは手さぐり状態でな」
すると、マイラーくんはちょっとやる気が出てきたようで、
「じゃあ、勇者さんの隠された能力とその有効な使い道を見つければ、ボクらのパーティがどのような方法で魔王を倒すのか、もしくは、魔王のことはさておき、どんな感じで当面の生活を維持すれば良いのか分かりそうですね」
と、訴《うった》えてきた。なので、オレもノッてきて、
「良いぞ~。その意見。魔王のことをほったらかしにしてでも生活の維持を第一に考える現実的思考。君もようやくファンタジーを捨てる事が出来てきたようだね」
と、両腕を組んで怪しく笑った。マイラ―くんも同じように笑う。
「いやいや、勇者様ほど生き意地の汚い事は考えられませんよ、今はまだ……」
「ぐはは、こやつめ、調子に乗りおって。よかろう。オレの打算まみれのド安定思考に付いてくるが良い。さすれば、そのうち、くだらぬ夢も希望も忘れて、実りある平和な毎日を愛する小市民勇者様ご一行が誕生するだろう」
「そうなれば、ボクもバイト生活から抜け出せますかねえ?」
「ああ……一戸建ての家にも住めるだろう……。ローンも組めるようになるさ……。オレは組みたくないけどな……。ローンって要するに借金だしな……ククク……」
「社会的信用……フフフ……」
「週休二日……クックック……たまんねえな……。あッ、有給休暇ッ。興奮するぜ、その甘美な響きによォ…!」
「ボーナス支給……手厚い社会保障……外食生活……!」
「ああ……魔王なんか倒しても、そんなもんは手に入らない……」
「バカですね……魔王討伐なんて……王様たちで勝手にやれって話ですよね……」
「それはそうと……チョロ子がまた新しい料理を注文した……。あの料金、誰が払うんだ……?」
「勇者様でしょうね……」
「マイラーくぅん……君は……勇者様にお仕えしている身、だよね……? つまり、オレは上司で、君は部下だよね……?」
「魔王を倒さない勇者なんか勇者じゃないので、 お仕えするって関係は成立しないのでは?」
「魔王、倒そう!!!」
「結局どっちでもいいのかこの人はッッ!!!!」
6. チート魔法収益化計画
オレはカボチャみたいな顔と体形をしたすごいひげ面の店員が運んできたパンとコーンポタージュを優雅《ゆうが〉に食しつつ、話題作りのためにマイラーくんに話を振る。
「やっぱチートつったら博打《ばくち》だよな。以前、競馬のバクチで独自の勝利法を使ってボロもうけした奴が居たなあ。まあ、胴元《どうもと》ににらまれるから派手にはやれないが、当面の生活費くらいは、オレのチート魔法でパパっとかせげないかな。このへん、闘技場とかないの?」
そう聞くと、マイラーくんは苦々しい感じで答えてくる。
「そんな野蛮な場所は無いですよ」
「そうなの? オレが知ってるファンタジー世界では魔物同士を闘技場で戦わせて勝敗を予想させる賭けをやっていたから、そう云うのがあれば、参加している魔物の中から勝たせたい奴を選んでこっそり強化魔法を重ね掛けしておけば手っ取り早くもうけられると思ったんだがな」
「よくそんな邪悪なことをホイホイ思いつきますね。魔王の才能が有るんじゃないですか」
マイラーくんはそんな失礼な事を云いつつ、魚のポワレだかソテーだか良く分からんごちゃごちゃした野菜入りのうさんくさい料理をフォークとナイフで食べ始める。日本人的にはお箸《はし》が無いのがしんどいが、パンをムシャるだけなら道具ほとんど関係ないから楽だね。ともあれ、オレはクソ固いパンをクチャクチャやりつつ駄弁《だべ》る。
「じゃあ、魔法でパチンコやスロットをこっちへ召喚してカジノをやるとか。ああ、でも動かすには電力が必要だからな。発電機を召喚するコストって魔力換算《かんさん》だとどれくらいになるんだろうな。また即座にミイラ化しそうでイヤだなあ。はぁ、胴元をやるのは大変だなあ。客さえ集められればボロもうけできるはずなんだけどな」「カジノは公営でけっこうやってますよ」
「げっ。じゃあ、カジノの胴元はあの王さまか! えげつねえ……」
「カジノ中毒になって人生を棒に振る人多いですからねえ。公営だと訴える事も出来ませんし」
「どんな博打でも胴元と勝負するのはいけねえよ。負け確定だし、裏技使って出し抜けば肩を叩かれて翌日死体かもだぜ。どうせやるなら、胴元がショバ代でもうけて、あとは参加者同士で白黒つけろって奴じゃないとな」
「個人同士で賭け事をするのもコワイですね。人間関係が簡単に壊れるでしょうから」
「それはそうと、こうして駄弁っているうちに、チョロ子を維持するための経費がさらに増えそうなんだが? また何か注文しようとしているぞ」
隣の席では、チョロ子がひげ面《づら》の男の店員へ向かって、
「ガチョウの丸焼きとお、ミートパイとお、アップルパイとお」
と、云っている。オレはキレた。
「パイパイ云うな!!! パイプッシュやめろ!!!」
すると、マイヤーくんがうれしそうに、
「勇者様のお財布が壊れますねえ」
と、云ってきたので、オレはすかさず、
「お前の財布が壊れるんだよ」
と、返したが、マイヤーくんはいまだにニヤついている。
「フフフ……面白い冗談ですね……」
「冗談かどうか……俺の爆裂魔法で分からせてやろうか……?」
「そんな事したら店の備品も壊れて損害賠償《ばいしょう》では?」
「忘れたのか。オレの魔法は器用だ。つまり、お前のケツの穴の一点のみを、針のごとく刺す事も可能ッ! 神聖魔法ッ、アナル・スパライル・ドリラー!!!」
「おぐぅ!!!!!????」
俺はそこで新しい商売のネタを思いついた。なので、有頂天《うちょうてん》な声で、
「あ、そうだ。オレって自分が使おうと思った魔法をそのまま実現できる訳だし、それを仕事にできないか。貴方がお望みの魔法をご使用いたしますって感じで」
と、平和的に提案したら、マイラーくんが、
「ボクのお尻の痛みを抑える魔法を作れますか」
と、すごく辛そうに訊いてきた。オレはうなずく。
「なるほど。痔《じ》に効く魔法か。それだとお医者さんの仕事が出来るな。もうかりそう~」
「あの、お尻、痛いんで、早く治して……」
「いくら出す?」
「鬼畜か!!!!! いくらなんでも許せませんよそれは」
「あー、もー、分かった分かった。無料でやってやんよ。 んー、でも、痔を治す魔法って属性や効果を想像しづらいんだよな」
「普通の回復魔法で良いので早くお願いします」
「普通の回復魔法って具体的にどんな効果なんだ?」
「え……そりゃあ……スーッとして、キラキラな感じ……」
「いや、もっと原理的な話だよ。つまり、傷を治すための肉体の再生力を増やすのか、それとも、時間を巻き戻して元のお尻の形へアンドゥするのか、それとも、痔の特効薬を錬金術みたいに生み出して患部へ直接入れるのか」
「なんでもいいからはやくなおして!!!!!」
「じゃあお薬召喚するか」
オレが術式を組み立てるために呪文を唱え、複雑な印を結び、青き魔力の奔流《ほんりゅう》を逆巻《さかま》かせると、周囲の荒くれ者どもが何事かと云う風に注目してくるが、オレは力の解放を止めない。我が下僕たるマイラー・シュツレンベルゲンを救うために、オレはさらに魔力を高めて暴風を巻き起こす。チョロ子はそんな事はガン無視でミートパイを完食せんと猛然と喰らうッ。そんな事をしていたら、酒場の店主らしき丸々と太ったイノシシみたいな顔の親父がオレの所へ駆け付けてきて、
「お客さん、一体、何事ですか!!!」
と、怒鳴ってくるが、オレは煌《きら》めく光をまといつつ、
「すまない。オレの大切な仲間が怪我《けが》をした。それを治さないといけないんだ!!!」
と、真剣に語る。おやっさんは、
「こいつのどこに怪我があるんだ!!!」
と、訊いてきたので、オレは全力で叫んでやったさ。
「とても……大切な場所だ!!!!! うおおおおおおおおお!!!!!」
そして、最後の印を結んだ途端、魔力の光がマイラーの患部へ向かって爆縮した。あれだけ騒がしかった店内は瞬時に無音となり、異様な沈黙が訪《おとず》れた。
そして、次の瞬間、マイラーの、
「オォウ……!」
と云う、艶《なま》めかしい歓喜の声が生まれた。
7.そして勇者は正気に戻る
オレたちは店から出た。外は快晴。気候も夏の始めの爽《さわ》やかさだ。城下町はさすがに首都らしく、高層のとんがった切妻《きりづま》っぽい赤い屋根の建物が縦長《たてなが》にびっしり並んでいる。石畳《いしだたみ》はしっかりしているし、表通りに汚物が捨てられているとか、豚が放し飼いになっているとか、そういう中世の街あるあるみたいなのは今の所無い。そんな汚ねえ部分まで中世ヨーロッパっぽくやられると困るわな。すばらしき上下水道バンザイ。
オレは異世界の排気ガスの匂いがまったくしない心地良《ここちよ》い空気を肺《はい》いっぱいに吸い込み、どこへ続いているかも分からない透き通った水色の大空を遠い目で眺《なが》めつつ、
「召喚魔法ジヲナオスが完成してしまったな……。オレがこの世界へ呼ばれた理由はこれだったのか? この世界にて、痔に苦しんでいる人々を救うために……」
と、感慨を込めてつぶやいた。でも、それって、別に魔法でやる必要なくね? わざわざ異世界へ来てまでやる事がこれなのか。オレは改めて自分の人生を見つめ直す。
結局、楽しい人生って何なんだろうなあ。この歳になると最期《さいご》の時まで考えつつ人生計画を立てなくちゃいけなくなる。若い頃みたいに酒を飲んで美味《うま》い物を食べてダチと騒げれば全部ヨシだなんて思い込めないし、仕事にかまけているうちに頭へ白髪《しらが》が混じるなんて事もあるんだ。向こうの世界じゃ人生の選択肢は少なかった。しかし、ここなら、オレはパチンコやスロットで庶民のゼニをしゃぶり尽くすカジノ経営者にだってなれるし、チート魔法でイカサマ博打をやるギャンブラーにだってなれるし、こけしを量産するこけし職人にだってなれるんだ。希望に満ちあふれている。
オレは酒場の前にて感動にひたっていたが、そこへ、後から出てきたチョロ子がすごく冷たい声で、
「じゃあ、私、パーティ抜けますから、もう連絡してこないでください」
と、云ってきた。オレはうっかり、え……? と、マヌケな声を出してしまう。
代わりにマイラーくんが、
「どうしてですか……? ボクらがご飯代を全部キミに支払わせたから……?」
と、問い掛けたが、チョロ子は醒《さ》めたまなざしのまま、
「理由なんてどうでも良いです。とにかく、もうイヤなので」
と、云い捨てると、さっさと帰ってしまった。
旅の仲間との別れは唐突だった……。
彼女は運命によって祝福された真の仲間では無かったとでも云うのだろうか……。
オレとマイラーくんは呆然とする。
そのうち、マイラーくんが、あまりにも寂しそうな様子と共に口を開く。
「あ……ボク……思い出しました……。学生の頃、男子生徒と女子生徒で飲み会をやった後の、女の子たちの反応が……あんなでした……」
オレらの心の中へ冷たい風が吹いた気がした。オッサンの人生には良く吹く風だ。こいつが寂しさと悲しさと希望が閉ざされていく音を連れてくる。オレが、
「キミ……、彼女、いないの?」
と、わびしい声で訊くと、マイラーくんも、
「勇者さんも……いなさそうですね……」
と、せつない声で云ってくる。その流れに抗《あらが》うように、オレはできるだけ朗《ほが》らかに彼の肩を叩く。
「新しい出会いを求めれば良いのサ! 若ければ出会いはいくらでもあるよ! ほら、オレなんかもう結婚適齢期が終わ……うっ……!」
オレの心にも深い傷が。この傷を癒《いや》すための魔法は、オレには作れない……。
木枯らしでも吹きそうな哀《かな》しい雰囲気のまま、オレたちはたたずみ続けた。そして、オレは、マイラーへ向かって、しみじみと、
「次の旅の仲間も、女の子にしような。そして、今度は、もっと紳士的に付き合おう」
と、優しく語り掛けた。すると、マイラーは、ちょっと泣きつつ、
「あの、目的が……すり替わってませんか……? ぼくらの目的は女の子と付き合う事じゃなくて、フリーター生活から抜け出して、安定した社会基盤を手に入れる事でしょ……?」
と、ツッコんできた。オレはじんわりほほ笑んで、彼の肩を優しくなでた。
「マイラー。頼もしい男に育ったな。そうだ。オレたちの目的は……。 いや、ちゃうねん。魔王たおすことやろ」[Fin]
もっとみる