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小説『沈慶之の三国論破』

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小説『沈慶之の三国論破』-1
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制作ノート
注・各種情報

注:
[*1]厳密には、帝の病が悪化した際に、皇族の劉義康《りゅうぎこう》が詔《みことのり》であると偽って道済をおびき出した上で逮捕のちに殺した(『南史』檀道済列伝)。その後、帝は前漢の名将たる李広を引き合いに出し「李広が朝廷(中央)に居ても[北方の]匈奴は[恐れて]あえて南を望まなかった(攻めて来なかった)。[檀道済の]後継者はまた幾人か[出る]」と放言したが、後に、北魏の軍が都の対岸にまで侵攻してきたのを見ると甚《はなは》だ憂《うれ》いて「もし道済がいればこんな事にはならなかったのに」と嘆《なげ》いたと云われている。
[*2]張子房。漢の高祖劉邦に仕えた張良の事。名軍師として名高い。
[*3]宦官。去勢された男の官僚の事。中国の皇帝は自分や妻や妾《めかけ》が住まう男子禁制の後宮に宦官を入れて日常的な世話をさせていたのだが、宦官は権力者と非常に近しい場所で生活するため、能力や功績とは無関係に皇帝のお気に入りになって権力を握り易《やす》く、国家の腐敗を招く要因となる事が多かった。
[*4]儒教の創始者である孔子と儒教の伝道者である孟子の事。
[*5]幇間。たいこもち。宴席で遊びを盛り上げる男の職業。転じて、他人に媚びを売る事。
[*6]湯文とは古代の優れた王とされる殷《いん》の湯王と周の文王の事。
[*7]字。主に成人後に付ける第二の名前。通常は相手の本名を呼び捨てにしないために字を呼ぶのが礼儀。また、敬意を示す場合には字の代わりに役職名や称号のようなもので呼ぶ。なお、本名は正式には諱《いみな》と呼ぶ。ちなみに、諱と字とを続けて呼ぶのは原則として間違いである。例えば、三国志の武将を「劉備玄徳」や「諸葛亮孔明」と呼ぶのは諱と字を同時に読んでしまっており明らかな誤用なので注意。どうしても両方の名前を続けて呼びたければ「劉備、字は玄徳」とか「諸葛亮、字は孔明」と云う風に注釈を付けると良いだろう。
[*8]寡兵。少ない兵の事。
[*9]讒云。ありもしない悪口を目上の権力者に吹き込んで他人を陥《おとしい》れる悪意の有る云葉の事。
[*10]大廈。大きい建物。大楼。「-高楼」(『広辞苑』)
[*11]反間。元々には敵方の間者(スパイ)である者を手懐《なず》けて、逆に、敵国へ送り込む事。
[*12]巧云令色。云葉が巧《たく》みかつ顔付きも良い。「-鮮《すく》なし仁(『論語』)」
[*13]為政者。政治を行う者。君主や国王や皇帝などを表す。
[*14]劉子鸞についての出典は『宋書』孝武十四王列伝。順帝についての出典は『資治通鑑《しじつがん》』巻一三五。


主要参考文献:
 川勝義雄著『魏晋南北朝』(講談社学術文庫、2003年)
 延寿著『南史』(维基文库)
 沈約著『宋書』(维基文库)
 陳寿著『三國志』(维基文库)
 司馬光撰『資治通鑑』(维基文库)
 渡辺精一著『三国志人物鑑定辞典』(Gakken、1998年)
 瀬戸龍哉編『三国志 英雄たちの100年戦争』(SEIBIDO MOOK、1997年)
 村山孚訳『孫子・呉子 中国の思想10』(徳間書店、一九九六年)
 金谷治訳注『論語』(岩波文庫、1999年)


使用画像元:
『中国建築 アジアの建物』作者:フイル(ID:3611743)【写真AC】

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