小道具　市販テキストの表紙(架空)

撮影現場のひとつが海のすぐ近くの小さくて古いアパートでした。現場では私が見るからに最年少。下っ端も下っ端の私は身動きを取るどころか、立っている場所を見つけるのもやっとという状況で常に誰の邪魔もせず最前線で動き続けなければなりませんでした。

ふと、なんとなしに自分の手を見ると中指の爪が割れていたので、応急処置として黒いパーマセルテープを巻きました。

その指を隣の部屋から見つけた先輩が、身振りで「その指、どうしたの」と私に聞いてきたので、小声で「爪が割れました」と伝えました。

なぜか私が声を発した瞬間、普通ならざわついているはずのメイクや照明といった各セクションの作業や話し声が一切なく、クソ狭くて人の密集した部屋に「爪が割れました」が小声であれ響き渡り、すべての大人が私に目を向けたのです。

「だ、大丈夫か〜！」「大丈夫！？」

ぺーぺーが滅多に関われる筈もない大人たちがみな私を心配する声をあげます。大恥をかきながらも撮影チームのあたたかさを感じられる嬉しい瞬間でした。

その日予定されていた撮影が終盤にさしかかっている頃、私がスタンバイをする演者さんの前で美術の最終調整をしていたら「爪大丈夫ですか」と声をかけられ、ふたたびひどく赤面したことはこの先も忘れられないでしょう。