クリエイターを制作へと向かわせる原動力とは何か。原動力と一言に言っても、その背景には一人ひとりの記憶に刻まれた体験や心の動きがある。映像クリエイターOtatsu氏の原動力は「人」だ。
そんな彼が今回制作したのは、渋谷のビジネス街に佇むDouble Tall Cafe shibuya/The Coffee HangarのPV。豆から一杯のコーヒーができるまでを丁寧に描いている。彼はどのような想いでPV作りに向き合ったのだろうか。
これまでのキャリアや学生時代の経験、PV制作について伺った。
── まずは、これまでのキャリアについて教えていただけますか。
最初のキャリアでは、CM制作プロダクションに入社しました。制作進行やロケハン、撮影した映像の編集などを行なっていましたね。
僕が就職活動をした時期は、2011年の東日本大震災の前後。震災後世の中のあらゆることがストップした時期だったこともあり、就職先が見つからないまま大学を卒業しました。「このままでは何にもなれない」と、漠然とした恐怖を抱えながら、ハローワークで職を探し続けたことを覚えています。
そこで出会ったのが、前職のCM制作プロダクションだったんです。僕の父はカメラマンで、何度か現場で手伝いをした経験がありました。その話をしたところ面接官の印象に残ったようで、内定をいただくことができ、その後3年間勤めました。
── 現在は音楽関連ソリューション(CDジャケットなど)制作業に携わられているとのことですが、どのようなきっかけがあったのでしょうか。
現職の求人の話を聞いたのは、アシスタントからPM(プロダクションマネージャー)になった頃でした。次のキャリアを考えていたところだったんです。「動画」の制作進行から「静止画」の制作進行に移るということであれば、できるのではないかと考え、面接を受けてみることにしました。大きな流れに身を任せてたどり着いた感じでしたね。
── 2社の制作現場を経験されて、動画と静止画の制作では、どのような違いがあると感じますか?
動画と静止画の違いというより、業界の違いや制作における体制の違いが大きいですね。前職はCM制作のため、広告業界の中で動画を作る仕事でした。現職は音楽業界に位置しているので、制作体制も広告とは異なります。
広告業界ではエンドクライアントがいて、広告代理店がいて、その先にCM制作プロダクション、そしてカメラマンやディレクターがいる、という形がよくあるパターンです。一方僕の現職では、音楽業界の中で、アーティストと直接会話したりしながらCDジャケット制作を進めています。
「今回のアルバムはこういうイメージで作ったんだ」「こういうジャケットにしたいんだよね」など、アーティストの声を直に聞くことで、より、ものづくりのコアにいるような感覚がありますね。
── 何かやりたい・作りたいという思いがある人と実際に制作する人が、近い距離で進めているんですね。今回お話を伺う作品はプロモーションビデオ(PV)ですが、どのような経緯で制作されたんでしょうか?
本業はCDジャケットの制作進行になりましたが、個人的に映像は撮り続けていたいと思っていたんです。そのためこのPVは、お店に自ら提案して、制作させていただくことになりました。構成から撮影、編集まで一人で行っています。
第1弾として撮影したThe Coffee Hangarは焙煎所兼コーヒースタンド。会社の近くにあり、僕自身コーヒーが好きなので、よく通っていたんです。お店の方と仲良くなる中で、僕が前職で映像制作に携わっていたことや個人的に映像を撮りたいと思っていることなどをお話ししました。その中で、PVを作ることになったんです。第2弾として制作したのが、系列店であるDOUBLE TALL CAFE SHIBUYA のPVです。
──2つのPVは、どのような制作意図で作られていったのでしょうか?
2店舗は同じ渋谷に位置し、The Coffee Hangarでは豆が焙煎され、併設のコーヒースタンドやDOUBLE TALL CAFE SHIBUYAで提供されています。そのことについてお客さんにもっと知ってもらいたいというニーズがありました。
そこで第1弾では「The Coffee Hangarが焙煎所であること」を、DOUBLE TALL CAFE SHIBUYAのお客さんに知ってもらうことを意図して制作。店内にあるモニターで流すPVとして作りました。
第1弾は人を映すというより、豆が焙煎されて、コーヒーとしてお客さんに提供されるまでの様子を表現したドキュメンタリーっぽい映像にしています。同じアクションを何度もやってもらい、それを別アングルで撮影することで、一つひとつの工程を丁寧に見せています。
第2弾では「焙煎された豆がDOUBLE TALL CAFE SHIBUYAで提供されていること」を伝える意図で、豆の流れがわかるように制作しました。店長である虎澤さんに出演いただき、豆を焙煎し、自転車で店舗まで運んでくる様子も撮影しています。コーヒー一杯ができるまでの過程を丁寧に表現したいと考え、構成をしました。
──構成から編集まで一人で担当されたとのことですが、だからこその難しさや良さはありますか?
カメラマンの視点と映像編集の視点を同時に持たなくてはいけない部分ですね。撮影しているときは、できれば撮影に特化した頭でいたいけど、そうもいかない。
例えば、映像を24フレームで撮ろうか、30フレームで撮ろかの判断は、カメラマンとしてだけでなく、構成や編集担当としての判断も合わせて必要です。だから悩む時間が長くなりますね。
一方で、自分でカメラを回して自分で編集するからこそ、編集を想定してこれを撮っておこうとか、判断もできます。異なる見方を持ったもう一人の自分と制作を進めることで、新しい視点を獲得できるのは良い点ですね。
僕は手を動かすことが好きなので、結局は全部自分でやりたい性分なのだと思います。今後も「できること」を増やしていきたいと考えているんです。
──「できること」を増やしたいというのは、どのようなモチベーションからきていますか?
僕は、自分ができることを提供して、誰かに喜んでもらえるのであれば、それほど幸せなことはないと思っているんです。できることが増えていけば、その分喜んでもらえる人が増えたり、関われる人が増えたりすると考えています。
これまでのキャリアを振り返ると、最初にCM制作プロダクションに入社した時点では本当にスキルゼロの状態。そこからFinal Cut ProやPremiere Proを使えるようになって、After Effectsまで手を伸ばして、現職に就いてからはIllustratorやPhotoshopを覚えて…という感じで、だんだんとスキルを増やしてきました。そうすることで、徐々に人から喜んでもらう機会が増えたんです。
何かやりたがっている人がいて、それに対して僕ができることを提供すると、喜んでくれる。単純ですが、とても嬉しくて、自分の中で大きなモチベーションとなっています。
──そう考えるきっかけは、何かあったのでしょうか?
もともと僕は高校時代、周りの人間と自分のギャップはなんだろうと思うことが多かったんです。大学では心理学を学んで、そのギャップについて理解できるようになったのですが、今も根底にあるのは「誰かに喜んでもらうことは、すごいことなんだ」という感覚。
アーティストやクリエイターの中には、寂しさや孤独を原動力に作品づくりをする人がいますが、僕は「人と繋がりたい」という想いが根本にあるんです。その想いは、映像制作や、できることで人を喜ばせたいという考えに繋がっています。
── 人と繋がりたいという想いによって、突き動かされている部分があるのですね。今後、制作されたいものはありますか?
動画でも静止画でもいいですが、お店や人、ファッションなどを撮りたいと思っています。誰かのやりたいこと・ニーズを直接自分で聞いて、制作をしたいです。一会社員としての仕事は、制約が多い部分もありますが、個人で仕事をする時には、自分をフラットに解放し、表現したいと思っています。まさに今回のPV制作のような現場です。
会社員として行う仕事ももちろん、誰かが求めているものです。いろいろな人の精査を経て世に出ていくことは大切なこと。ただ、それとは切り分けて、普段の制約を取り払って無邪気に制作に取り組めるような場を大切にしていきたいと考えています。
Text: Yuka Sato / Photograph: Shunsuke Imai