現代サーカスは社会課題を解決する!? サーカス・シルクール『ニッティング・ピース』
不要不急ではなく常に“要急”な舞台芸術学
北欧の現代サーカスカンパニー「サーカス・シルクール」が今秋6年ぶりに来日し、全国5都市(山口・岡山・東京・愛知・富山)をツアーする。
サーカスと聞いて、子ども向けのアトラクションをイメージする人があるかもしれない。しかし、現代のサーカスでは、社会問題をテーマとして扱いながら、独創的な舞台作品を発表し続けているアーティストやカンパニーがある。
現代サーカスにビジョンを見い出し起業
サーカス・シルクール(Cirkus Cirkör)は、スウェーデンのストックホルムを拠点に活動する、北欧を代表する現代サーカスのカンパニーである。「Cirkör(シルクール)」というカンパニー名は、フランス語の「Cirque(サーカス)」と「Coeur(心)」を組み合わせた造語。1995 年に設立され、現在では北欧で最も有名なサーカスカンパニーとなっている。
そもそもスウェーデンには、サーカスアーティストはほとんどいなかったという。しかし、1990年代初頭、ストックホルムのオリオン劇場で200人の若いサーカスアーティストやクリエイターが出演する24時間フェスティバルを企画され、一部のアーティストはスウェーデンに留まることを決めた。
フランスのヌーヴォー・シルク(1990年代に起こった動物芸を排した“新しいサーカス”のムーヴメント)に触発されていたティルダ・ビョルフォシュと若いアーティストたちは、「現代サーカスを通して世界を変える」というビジョンを持ってサーカス・シルクールを設立。1995年に非営利団体としてスタートし、最初のショー『スカペルセン』(Skapelsen:創造)を初演した。
社会性の強いテーマを扱った独創的な世界観
スピーディーで挑発的なステージが話題となり、どの公演も即日完売となるほどの人気となったサーカス・シルクール。芸術性の高さと極限まで研ぎ澄まされた身体パフォーマンス、そこに込められた力強いメッセージで、スウェーデンはもとより世界各地でツアーを展開し、観客を熱狂させていった。
●『Trix』
Cirkus Cirkörとオリオン劇場シアターカンパニーのコラボレーションで、2000年3月初演。『Trix』では、ロック、スカ、レゲエ、フォーク、ダブ、パンクをルーツとするバンド「URGA 」とサーカスパフォーマーたちがスペクタクルショーを創り上げた。2001年には滋賀県・びわ湖ホールにも来日した。
●『Borders』
当初より社会性の強いテーマを扱った作品を多く生み出し、特に近年では現実の社会課題と向かい合う作品で高く評価されている。
『Borders』では、地中海を渡る移民たちの命がけの逃避行にスポットライトを当てた。Cirkus Cirkörとスウェーデン・マルメ市立劇場が共同制作。2015年初演。
●『LIMITS/リミッツ』
『LIMITS/リミッツ』は、2015年に起こった欧州の難民危機の悲惨な状況を目の当たりにし、再度「移民」をテーマにした作品。「国境が人の命の境界になってはならない」「境界を崩せ」という力強いメッセージを込めた。2016年初演。2018年には東京都・世田谷パブリックシアターにも来日。
平和を“編む”ことは可能か?
作品ごとに、テーマの設定やメッセージ性が話題となるサーカス・シルクールの舞台だが、今回来日する作品『ニッティング・ピース』は、争いの止まない世界の中で「平和を“編む”ことは可能だろうか?」という問いから生まれた。
2013年の初演以来、世界14カ国63都市で上演され、完売を続けてきた人気作だ。10年にわたる世界ツアーを経てのリバイバルツアーとなる。
舞台には、白い糸とロープで埋め尽くされた幻想的な空間が広がる。造形的な美しさ、心惹かれるビジュアルもさることながら、5人のサーカスアーティストたちが美しい音楽に導かれ、エアリアル(空中演技)やシルホイール(一輪ラート)、玉乗りのバランス芸、綱渡りなど、多彩なパフォーマンスを、ときに儚く、ときにダイナミックに次々と繰り広げる。
舞台に張り巡らされた糸とロープを操り、息をのむようなリスクを冒しながら、「手を取り合えば人にできないことはない」と証明するかのように平和への糸をたどる徹底した世界観には圧倒される。
本作の演出・コンセプトを手がけたティルダ・ビョルフォシュは、次のようにコメントしている。
私たちの誰にも、戦争を止めることはできないかもしれない。私たちの誰にも、その力はないのかもしれない。しかし、調和と共感を生み出すことはできる。それは私たちの力です。安全な場所で観劇をしているとき、あるいは舞台に立っているとき、思考と共感を次につなぐことはできるのです。
平和のために編み物をすることは、サーカスと似ている。どちらも、不可能を可能にするために、身体と心を駆り出すのです。
世界ツアーでは、しばしば平和への願いを込めた「平和のためのニット運動」を同時開催。公演地の人々が白い毛糸で編んだオブジェを展示する「Calls to Knit」が国際的なムーブメントへと発展するなど、世界中にインパクトを与え、その様子はドキュメンタリー映画『YARN 人生を彩る糸』の中でも取り上げられた。
ティルダ・ビョルフォシュはこうも語る。
「編み物をしている間は、武器を手にすることもできない」。
サーカスは社会課題を解決する
サーカス・シルクールの功績は、教育や学術にも及んでいる。当初よりアーティストやサーカス関係者が生きていける仕組みづくりにも取り組み、1996年に行われた夏のサーカス教室には6週間で4万人が参加。「現代サーカスを多くの人に体験してもらいたい」との思いから、障害をもつ方を対象とした身体機能やコミュニケーション術の強化を目指すトレーニングも実施している。
1997年からはスカンジナビア初の現代サーカス教育を本格的に開始。ワークショップやレクチャー、あらゆる年齢層向けのコースと教育プログラム、サーカスのための高等学校、ビジネスイベント、数多くのコラボレーションプロジェクトなども入れると、年間約30,000人がシルクールを通してサーカスと触れ合っている。
そして、国への長年の働きかけが実り、2005年にはストックホルムのダンス大学に世界初のサーカス専攻が新設された。民間の芸術団体から始まった働きかけが国の教育制度を動かし、その後の世界の現代サーカス教育に大きな影響を与えた。
ティルダ・ビョルフォシュは、 2005年から2010年まで「The School of Dance and Circus」(サーカスとダンスの大学)で教授を務め、研究プロジェクト「Circus as transgressor in art and society」(アートと社会の交差点としてのサーカス)も発表している。また、ストックホルム商科大学やカロリンスカ研究所(カロリンスカ医科大学)など他分野の研究者たちとも学際的な共創によって、サーカスにはビジネスを含む現実の社会を前進させる効果があることを追究した。
サーカスパフォーマーは、不可能を可能にすることに心血を注ぎます。身体と精神の一体化を通して「実現可能なこと」の境界線を内と外から揺さぶり、不可能に思われていた技が成功したあとには、次なる課題が生まれる。1995年のスタートから、サーカス・シルクールは、リスクはチャンスに変えられるという思考をヒントにし、それを社会変革のための探求に利用しています。
ビジネスに役立つサーカス研究
最後に、サーカスはビジネスに役立つという研究についてご紹介しよう。
https://newspicks.com/news/10802569/